【Medical FAQ/医療相談】肺圧外傷患者のダイビング可否

◆相談内容◆

質問者:医師(患者について)

当院を受診された方の潜水適性について、ご相談です。

患者は24歳男性、スキューバダイビング後に咽頭痛を自覚し当院を受診され、CT検査により縦隔気腫(頚部〜横隔膜上)の診断となりました。減圧症や空気塞栓症を示唆する所見はなく、浮上中の圧損傷による縦隔気腫が疑われました。
本人の希望もあり、入院せず外来通院としましたが、以後改善され終診としていました。

今回、受傷より約3週間後に、医師診断書の依頼のため来院されました。
診断書は、「スキューバによるダイビング・トレーニングに参加を申し込んでいるが、スキューバダイビングに適した健康状態であるかどうか」という内容であり、選択肢には
●ダイビングに不適格であると考えられるような、医学的障害は見受けられません
●ダイビングをすることは勧められません
のいずれかを選択し、根拠を述べる様式となっています。

前回、本人は急浮上や息止めはしないよう気をつけて浮上したと話しており、その状況下での縦隔気腫なのであれば、ダイビング勧められない、と考えていました。
しかし、本人の希望は強く、リスクに対する本人の同意に基づいてダイビング・トレーニングを許可する余地があるのではないかとも思います。

いずれにしても、専門家の見地を踏まえた上で回答すべきと考え、ご相談させていただいた次第です。
なお、現在本人の自覚症状はなくお元気にされています。

◆医師からの回答◆

【縦隔気腫とは】
縦隔気腫は、潜水では浮上時の肺圧外傷を原因として発生します。
急激発生の重症例もありますが、浮上後ある程度時間を経過してから発症し、自覚症状が軽度な症例も見られます。動脈ガス塞栓症(AGE)合併例も重症例です。肺圧外傷では皮下気腫、気胸も生じることがあります。
縦隔気腫の治療は、全身管理を要さず、減圧障害を疑う症状・所見がない場合は、経過観察、酸素投与等の保存療法が行われます。

【治療後の潜水適性】
基本的に、潜水に対する適性は無いと考えます。「急浮上や息止めはしないよう気をつけて浮上した」という状況下で肺圧外傷→縦隔気腫を発症したのであれば、やはり肺組織の脆弱性があるものと考えざるを得ないからです。

一方で、上記判断を裏付ける強いエビデンスが無いことも事実であり、また、本件のようなケースで肺圧外傷を確定診断することは困難なことも多いです。
そのため、肺圧外傷→縦隔気腫との判断がどの程度確かか悩むことも多いです。

よって、リスクを説明した上で、本人に潜水をするか否かを決めさせることもひとつかもしれませんが、水中での肺圧外傷→気胸、AGEは時に致命的になるため、医師として積極的に潜水を許可することは難しいのではと考えます。

-DAN JAPANメディカルチーム

【医学関連情報】減圧障害治療法、遠隔地での対処法

ダイバーは豊かな自然を求めますが、そのような地域の多くは再圧治療施設から遠く離れています。
2019年6月に開催された潜水医学会では、DAN JAPAN協力医の小島泰史医師とDANアメリカの研究部門のトップであるPetar J Denoble医師によって、病院前および病院での減圧障害への適切な対応(治療)についての共同セミナーが行われました。
講演のレポートと合わせて、Petar J Denoble医師からの特別メッセージをご紹介します。

【Alert Diver Monthly Vol.26(2019年7月号)より転載】

第16回日本臨床高気圧酸素・潜水医学会
第54回日本高気圧環境・潜水医学会 合同学術集会2019

2019年6月15・16日に東京医科歯科大学 M&Dタワーにて「第16回日本臨床高気圧酸素・潜水医学会 第54回日本高気圧環境・潜水医学会 合同学術集会2019」が開催されました。今回は、2学会発足以降、初めての合同学術集会であり、500名以上の潜水医学に携わる関係者が参加した学会でした。2日間にわたり、高気圧酸素治療や潜水医学に関連する活発な議論が交わされ、多くの成果が感じられました。

潜水医学関連の講演や一般演題発表は、16日に行われました。DANからは、DAN JAPAN協力医の小島泰史医師が、シンポジウム「潜水適性」で座長、シンポジウム「減圧症症例登録に向けて」でシンポジストを務めました。また、共同セミナーとして「減圧障害のプレホスピタルガイドライン※」を講演しました。DANアメリカ Vice President, MissionのPetar J Denoble 医師は「Recompression TreatmentofDCI」(減圧障害の再圧治療)を共同セミナーで講演しました。

日本高気圧環境・潜水医学会による見解を支持する
Peter J Denoble医師の発表内容

学術集会において、Petar J Denoble医師が招聘された背景には、日本高気圧環境・潜水医学会により発表された見解「減圧症に対する高気圧酸素治療(再圧治療)と大気圧下酸素吸入」(日本高気圧環境・潜水医学会雑誌Vol.53 No.3)があります(本紙「Alert Diver Monthly Vol.22(2019年3月号)」にて全文掲載)。

減圧症になった場合の処置は、再圧治療が基本となります。潜水後の大気圧下での酸素吸入は、体中の過剰な窒素を排出するのに有効であり減圧症の場合でも症状が改善することがありますが、効果に限界があるため、再圧治療にとってかわる治療法とはなりません。〈中略〉 国際の潜水医学会(UHMS: Undersea and Hyperbaric MedicalSociety)では、減圧症治療の至適標準(ゴールデンスタンダード)は、米国海軍ダイビングマニュアルの治療アルゴリズムであるとしており、本学会もそれに準じ、再圧治療を基本としたアルゴリズムを提示しております(「日本高気圧環境・潜水医学会雑誌Vol.53 No.3」より抜粋)。

この見解で触れられているUHMSに所属し、20年以上DANアメリカで潜水に関する研究に携わっているPetar J Denoble医師は、潜水医学の第一線で活躍するエキスパートです。Petar J Denoble医師は、減圧障害への再圧治療の必要性を否定するかのような、最近の日本での一部の主張を危惧しており、今回来日し、減圧障害における再圧治療の重要性や、常圧酸素投与の位置づけ、UHMS の今後の取り組みなどについて、詳細なプレゼンテーションを行いました。

さらに今回、DAN JAPANでは、Petar J Denoble医師に日本のダイビングに携わる方に向けて特別にメッセージを依頼しました。以下、原文とともに全文を和訳し、掲載します。

 Petar J Denoble医師メッセージ全文(Alert Diver Monthly Vol.26/2019年7月号)


【参考資料】
●日本高気圧環境・潜水医学会HP掲載資料:PDFダウンロード
【見解】減圧症に対する高気圧酸素治療(再圧治療)と大気圧酸素吸入
●DAN JAPANブログ:リンク
【ADMプロ】日本高気圧環境・潜水医学会の「見解」を読み解く
●Alert Diver Monthly Vol.17(2018年9月号):会員専用ページ(ログイン)
ダイバーのための減圧障害講座(PDF版 P10~P11)
「その2 減圧障害への適切な応急手当は?IDAN外部委員会が声明文を発表」


 

【Medical FAQ/医療相談】2型減圧症発症後のダイビング復帰

◆相談内容◆

◆質問者:女性・24歳

以前、ダイビング時に水中で意識が遠のくような感覚に襲われ、力が入らなくなりました。
船上に戻った時には意識はあったものの、寒気と震えがあり、病院に救急搬送され、メニエール2型脊椎型合併減圧症と診断されました。当日から約1ヶ月間に全17回の高気圧酸素治療を受けました。
最終診察時に主治医より「完治ではなく後遺症という形になる。」と診断されました。

現在、日常生活も含めて健康状態は良いので、ダイビングを再開したいと思っていますが、減圧症治療後に引越したため、以前の主治医の病院に行けません。
どのようにダイビングを再開していけばよいでしょうか。医師の診断書等が必要でしょうか。どちらの病院にかかれば良いでしょうか。

◆医師からの回答◆

【減圧症の重症度】
重症減圧症では、適切に治療が行われても後遺症が残ることがあります。ただし、減圧症の治療を行っていると、再圧治療直後に治癒まで至らなくとも、その後に症状がなくなることも経験します。減圧障害の重症度の定義は、以下となります。

◎軽症減圧障害:以下の4症状が安定し悪化していない、もしくは少しずつ改善しているもの
 girdle pain(帯状痛)を含まない四肢痛
 全身症状(疲労感、倦怠感、吐き気など)
 神経支配領域に一致しない自覚的知覚症状
 皮膚症状
◎重症減圧障害:神経学的他覚所見、つまり運動麻痺や他覚的な知覚鈍麻などがあるもの

今回の質問者の「内耳型+脊髄型減圧症、再圧治療17回」という相談内容からは、重症度の高い減圧症であったことが推察されます。
「日常生活も含め、健康状態は良い」という現在の状況からは、少なくとも自覚症状は残っていないことがうかがえ、減圧症は幸い治癒した可能性も考えられます。
しかし、本人の自覚できないバランス障害や、神経症状が残っている場合もありますので、治癒したかどうかについて医師の診察が必要です。

【減圧症後のダイビング再開時期について】

減圧症が治癒した後のダイビング復帰時期について明確な決まりはありません。
一般社団法人日本高気圧環境・潜水医学会発行の教科書(第6版高気圧酸素治療法入門 p168)には、2型減圧症で複数回治療した場合の潜水待期は、治癒してから3ヶ月とありますので、ひとつの目安としてください。

【再開に必要な確認事項について】
ダイビング再開にあたっては「減圧症が治癒していること」を確認する必要があります。
今回の質問者の場合は、具体的には耳鼻科的診察、神経学的所見を中心に、治癒しているかどうか診察を受ける必要があります。

減圧症の既往がある場合のダイビング再開には、診断書を求めるダイビングショップが多いのではと考えます。DAN JAPANのサイト上のDD NET(ダイバーズ ドクター ネットワーク)では、潜水に関連した診察が可能な医師の検索が可能です。必ず事前に対応可能かどうかを確認し、受診するようにしてください。
▶DDNET:https://www.danjapan.gr.jp/service/medical/sddnet

-DAN JAPANメディカルチーム

【Incident Report】呼吸しづらいレギュレーターで緊急事態

レンタル器材を使用して深く潜ったところ、空気が十分来ないと感じた
バディーブリージングを試したが息苦しさは改善されなかった
助けにきたダイブマスターと、オクトパスを使用しコントロールされた緊急浮上を実施

[報告されたケース]
レンタルしたレギュレーターは、呼吸しづらいと感じていましたが、水深約43mまで潜っていったところ、突然、空気が来ないと感じました。そこで、レギュレーターからオクトパスに替えたのですが、あまり変化を感じられませんでした。このため、バディからオクトパスで空気をもらい、多少呼吸しやすくなったのですが、やはり呼吸がしにくいと感じました。
ダイブマスターは私にトラブルが発生していることに気づき、オクトパスで空気を使用して一緒にコントロールされた緊急浮上を実施しました。
(注:ダイバーは64歳、身長約185cm、体重約95kg。ダイビング経験についての報告はなし。)


[専門家からのコメント]

ダイビングショップによっては、レンタルのレギュレーターを十分にメンテナンスしていない場合があります。また、レギュレーターの型によっては十分にメンテナンスされていても、ディープダイビングで十分な性能が得られないものがあります。
水深43mでは、水圧は5.2ATA(訳注:ATA(絶対気圧)は圧力の単位。)になり、海水面の5.2倍です。水深に比例して高くなる抵抗に逆らって、レギュレーターが同じ1呼吸分の量を供給するためには5倍の分子を供給しなくてはなりません。レギュレーターの設計やメンテナンスが適切でない場合、必要な量を供給できず、ダイバーはレギュレーターが“渋い”と感じるかもしれませんし、空気がないと感じることになります。今回のケースでは水深約43mに達する前に既に“渋い”感じだったのに、このダイバーはさらに深くにダイビングを続けました。これはあまり賢明な判断ではありませんでした。

このケースのように深いダイビングをするダイバーは、深場での使用感を確認済みで、定期的・適切なメンテナンス済みの自分のレギュレーターを持ってゆくのが、一番良いでしょう。

– Marty McCafferty, EMT-P, DMT