【ADMプロ】日本高気圧環境・潜水医学会の「見解」を読み解く

【ADMプロ】日本高気圧環境・潜水医学会の「見解」を読み解く

「再圧治療は必要ない」に端を発する減圧症治療の再確認

日本高気圧環境・潜水医学会が「減圧症に対する高気圧酸素治療(再圧治療)と大気圧下酸素吸入」の見解を発表(日本高気圧環境・潜水医学会雑誌 Vol.53No.3)。減圧症への処置として、再圧治療が基本であり、「潜水後の大気圧下の酸素吸入は(中略)効果に限界があるため、再圧治療にとってかわる治療法とはならない」との見解を示した。

これまでも減圧症の標準治療であった再圧治療を、改めて見解として示したのには理由がある。2016年の同学会学術総会において、再圧治療に疑問を投げかけ、「減圧障害に再圧治療が必要なく、大気圧下での酸素投与で十分である」という内容の講演に端を発し、2017年同学会関東地方会においても同趣旨の講演が行われた。減圧症の標準治療である再圧治療を否定しかねない内容に、専門医からも否定的な声があがり、アカデミックな場での議論が求められ、そこでのコンセンサスが注目されたのだ。

こうした流れの中で、DAN JAPANも本誌「Alert Diver Monthly」(2017年Vol.07SEPTEMBER)の中で、「従来通り、減圧障害には(特に重症の場合)、一刻も早い再圧治療が必要である」と、再圧不要論のカウンターともいうべき、再圧治療の有効性と必要性を述べている。

さらに懸念されたのが、ダイビング事業者や一般ダイバーへの影響だ。インストラクターを含むダイバーを会員とする団体のセミナーにおいて、同医師による学会講演と同趣旨の講演が行われた。医師によっては否定的な見解が示され、しかも、ある意味、これまでのスタンダードと真逆の処置が普及していくことに危機感を強めたことも、今回の学会による見解発表につながっているだろう。


「酸素吸入は有効」は共通認識

ここで間違っていけないのは、「減圧症に対して、大気圧下での酸素吸入は有効」であり、これは専門医の共通認識であること。軽症であれば再圧治療が遅れてもよい場合があり、酸素吸入により減圧症の症状改善を狙うことは現実的で有効な選択肢だ。さらに、再圧治療施設の無いような僻地では、重症の場合でも酸素吸入が応急手当として第一の選択とせざるを得ない。

また、米国の高気圧潜水医学会である「Undersea & Hyperbaric MedicalSociety(UHMS)」を中心としたグローバルスタンダードでは、再圧治療が必須でない軽症減圧障害と緊急性の高い重症者を、分けて考えるというのがトレンドだ。

このような流れを見ると、問題視された講演の内容についても重なる部分もあり、後に、「再圧治療を完全否定しているわけではない」との見解も示されている。だからこそ、専門医における十分な議論とコンセンサスが必要であり、ダイバーへのアナウンスにも慎重でなければならなかったのであろう。

しかし、再圧治療に必要な施設や人員の不足という課題に直面し、DAN JAPANや専門医たちがネットワークの構築や治療補助制度を通じて効率のよい再圧治療の環境を整えることに尽力する中、再圧治療の否定ともとれる内容と一般ダイバーにも及ぶ言論活動は、医師たちに不適切と受け止められ、見解によって否定された。


潜水医学と情報リテラシー 常に情報をアップデート

我々ダイバーは、こうした医学的な論に接するとき、どのように情報を読み解けばいいのだろうか。多様な意見があり、自分の頭で考え選択することは健全で重要だが、現実問題として、医師の間でも意見の分かれる医学的な議論について、医師でないダイバーが評価することは難しい。“危ない” とも言い替えられるかもしれない。オカルトやデマを排除し、科学を基準とする現代社会において、専門家の合議制である学会がそれを評価する役割を果たしている。潜水医学もまた、その装置を経た見解と相対化して検討しなければならない。そういう意味では、専門医との連携で成り立つDAN JAPANの情報をカバーし、常にアップデートしておくことは、少なくともダイビングを生活の糧とするダイバーには必須であろう。

また、アカデミックの世界で定まっていない新説・仮説をアナウンスする際は、発信者の立場に応じた注意が必要だ。減圧症の対処法について、論文を精査して判断するダイバーはほとんどいないだろう。ダイバーはインストラクターやガイドが言うことを信じ、インストラクターは専門医が言うことを信じる。つまり、医師により意見が分かれている論があった場合には、インストラクターがリーチした医師次第で真逆の減圧症の処置が示され、それが広まってしまうリスクがあるということだ。ましてや「再圧治療はいらない」というダイバーにとってインパクトの大きいキャッチは、SNSでたちまち拡散し、内容が語られることなくインプレッションのみ残す。

特にダイバーに影響を与えるインストラクターや社会的に影響のある発信者、あるいは場においては、このリスクを認識し、より慎重な発信が求められる。反対の意見も示すなど、新説・仮説を相対化して伝えるべきであり、今回のように最終的に学会の見解が示された時には、議論の結論として伝える責務があるだろう。


再圧治療に第1種装置を有効活用 安全基準の見直しを明言

本見解では、再圧治療装置についても重要な指針を示している。第51回日本高気圧環境・潜水医学会学術総会(2016年)のパネルディスカッション「減圧障害に対する第1種装置での治療の位置づけ」における意見の一致について、その内容を改めて明記(※POINT参照)。これまで、高気圧酸素治療の安全基準では、治療は第2種装置(多人数用)を使用して行わなければならないとされていたが、第1種装置(一人用)を減圧障害の治療に有効に用いることを可能にすべく、安全基準を見直すことを明確に表明した。

これは、減圧症に対する処置として第1種装置の有効性が確認されたことはもちろん、第2種装置の分布に偏りがある、という現実的な問題への対処としての意味合いもある。特に重症患者や僻地における罹患者が、迅速な再圧治療が受けられる意義は大きい。

ただ、その運用には専門医の助言を得ることが推奨とされ、裏をかえせば人員確保の課題も残す。そういう意味でも、専門的知識とネットワークをベースに、公的機関、医師、ダイバーをつなぎ、適切な対処法や搬送先について相談できるDAN JAPANの緊急ネットワークの存在は重要だ。その一員になっておくことは、減圧障害に対する現実的な対策であり、ダイバー自身によるセーフティーネットワークの維持のためにも最善の選択だろう。

*本稿は会報誌「Alert Diver Monthly Vol.21」からの引用記事です。

POINT

「減圧障害に対する第1種装置での治療の位置づけ」における意見の一致
第51回日本高気圧環境・潜水医学会学術総会(2016年)パネルディスカッション


① 第1種装置がエア・ブレイク可能であれば、軽症からバイタルが安定している重症まで対応が可能である。
② 第1種装置がエア・ブレイクできない場合は、応急治療として安定化を図り、標準治療ができる施設と連携する。
③ 治療経験の少ない施設が第1種装置で再圧治療を実施する場合は、経験のある専門医から助言を得ることを推奨する。
④ できるだけ速やかに安全基準の再圧治療指針を見直して改正すべきである。

    Referencematerial 参考資料ダウンロード


    ●日本高気圧環境・潜水医学会HPより
    【見解】減圧症に対する高気圧酸素治療(再圧治療)と大気圧酸素吸入
    http://journal.jshm.net/lib/2018/533-01.pdf

      Profile

      【寺山英樹】(Office Divingman)
      法政大学アクアダイビングクラブ時にインストラクターを取得し、卒業後はダイビング誌の編集者として世界の海を取材。ダイビング入門誌副編集長、ダイビングWEBサイト「Ocean+α」編集長を経て、現在「Office Divingman」主宰。
      ■スキルアップ寺子屋(著)、セーフダイブ・ハンドブック、安全ダイビング提言集など

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